昨日、ずっと探していた古い雑誌がみつかった。いろいろな雑誌が積み重ねてある書架ではなく、音楽会のパンフレットやプログラムを入れてある箱の中に入っていたのである。そこで私が考えたことは、本と雑誌の違いはどこにあるのだろうか、ということだった。探していたのが書籍だったら本棚を探せばとっくに見つかっていたはずだからである。本でもなかなか見つからないこともあるが、雑誌は薄いものが多く見つけにくい。しかも読みたい記事がどこに載っているかわからない場合は、図書館に行ってもなかなか見つからない場合が多い。内容はなんとなく覚えているが記事の題名や著者名がはっきりしない場合などお手上げである。あの記事には今自分が考えていることと深く関係していたことだけは確かだ、読まなければならない、という焦りが先立つ。時間が経つとまた忘れてしまうこともあるが、あの記事は読まなければという意識だけは残っていたのだ。それを読んで、やはり重要なものだったことを再確認した。それにしても、私は雑誌は苦手らしい。

確固とした定義があるわけではないので、客観的な差異はよく分からないが、私の経験的な区別によると、本はそれを読もうが読むまいが捨てることはほとんどなく、本の整理をして要らなくなった本は捨てることはもちろんあるが、基本的には捨てずに本棚、あるいは部屋の隅に積み重ねておくのが普通である。それに対して、雑誌は自分の研究分野、あるいは趣味に関する雑誌は残しておく事が多く、時にはバックナンバーを揃えることもあるが、雑誌の場合多くは読んでしまってから少し時間が経つと捨ててしまう。週刊誌のたぐいのものは、病院や散髪屋の待合室で目にすることはあるが、買ったことは殆ど無い。しかし、逆に週刊誌に載った記事を探すとなると大変である。特に何十年もの時間が立ってしまったものを探すのは難しい。図書館に行ってもそういうたぐいの雑誌は置いてないし、国立国会図書館にでも行かないかぎり雑誌の古いものはほとんど残っていない。
私が学生の頃よく読まれた雑誌に『朝日ジャーナル』という雑誌があった。ちょっと調べてみると1959年3月創刊、1992年5月廃刊とある。1960−1970年ごろピークだったという。学生運動が盛んな頃と重なっているので、その辺の事情に詳しく、この雑誌をよく読んだ経験をお持ちの方も多いと思う。私はこの雑誌の熱心な読者ではなかったが、私の周りには毎週買って読んでいた友人達が結構たくさんいて、そこに載っている記事について学食や喫茶店で熱心に議論していたのを覚えている。この雑誌の最後の編集長は下村満子という女性の編集長で「この雑誌の役割は終わった」といって廃刊になったという記事は新聞で読んだ記憶がある。廃刊後『朝日ジャーナルの時代1952−1992』(1993/3)という単行本が出たり、2009年になっても「週刊朝日緊急増感朝日ジャーナル[雑誌]」が刊行されたりするところを見ると、この雑誌は他の雑誌と異なっているところがあるように見える。おそらく、この雑誌自体がその時代をうまく反映し、その時代に関わった世代の人たちはそれぞれに『朝日ジャーナル』という雑誌を回顧するのだろう。その当時の読者から復刊してほしいという声も上がったらしいが、それ以降の若者たちは「朝日ジャヤーナル」世代の人達の声を「懐古趣味でしかない」などと言って批判的に見ていたが、その若者たちも今は「新人類も老いてゆく」などと揶揄されている。時代が移り変わるということはそういうことなのだ。
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「間奏」
「探していた記事は『朝日ジャーナル』1983年4月15日号に載った「音樂と時間−日本人はなぜアレグロの曲を書けないのか」というディスカッションである。フルート奏者のオーレル・二コレが開いているレクチャー・コンサートでは演奏会の後、演奏された曲についてのディスカッションがなされる。今回のコンサートで二コレが投げかけた「スピードアップされた時代に、作られる曲はなぜ長くゆっくりしたものになるのか」という問題に対してのディスカッションの内容が私にとって大きな関心だったのである。ニコレはフルートの名演奏家でもあるが理論家として見逃せない存在である。この雑誌に載っている日本でのコンサートを私は聞いていないが、二コレのドイツでの演奏会、オーボエのホリガーとの共演などは何度か聞いている。短かったが話したこともある。このコンサートでの呼びかけは、二コレにとっても切実なものであったに違いない。この問いは現在でも反復されていいと、私は思う。
二コレの問題提起は「ドビッシーやウェーベルンはまだ「短くて密度の高い作品」を書いていたが、世界が細かく分割され、スピードアップされる時代になるにつれ作曲される曲は「これとは逆に非常に長く、ゆっくりしたもののなっている。これはなぜでしょうか」というものだった。それに対して、石井真木、武満徹、福島和夫、湯浅謙二氏の四人が討論している。司会は船山隆である。一般的な感想から言えば、この四人のパネラーのなかで、本当に重要な事を自分の経験から語っていたのは武満だけだったと言えようか。確かに他の三人は西洋と日本の時間感覚の違い、間とか沈黙が重要だとか、現在西洋の音楽にも「遅い」(レントの)曲が多くなったのは東洋の影響があるのではないか、などと言った、おそらく正しいのだろうが、それだけ言っても殆ど意味のない事を重要視しての発言だったのに対して、武満は、私はいつも速い(アレグロの)曲を書きたいと思っているが、結果的に書けなかった、私が日本と西洋の違いに神経を使ってきたように思われるかもしれないがと断ったうえで「うまくいえいえませんが、日本の伝統芸能を聴いて受ける感動と、西洋音楽から受ける感動は、そんなに違わないと思う」とはっきり言っている。さすがだと感心する。武満は音樂が何たるかがよく分かっている、と思う。私もまさにそう思うからだ。武満には、モーツアルトの「アレグロ」の意味がよく分かっているのだ。「アレグロ」は時間の量的速度などではなく、時間の「質」とも言える「速度そのもの」の表出なのである。それはモーツアルトの交響曲第41番「 ジュピター」の最終楽章のフーガや弦楽四重奏曲第19番「不協和音」の第4楽章などを聞けば私達にも「アレグロ」が何であるかが自ずと感取されるというものだ。そこでは、このディスカッションで論じられている、日本と西洋の音樂の相違点とか共通点とかいう問題は吹っ飛んでしまっている。音樂は国境を越えるというより、国境なるものを無化するのだ。武満が言うように、そこで私達も無条件な感動を憶えているのだ。それがどんな国の音樂だったかというようなことは、事後的に反省して出てくる二次的な問題でしかないのである。子守女たちが素朴に唄う『五木の子守唄』を聴いて、感動しない人はいないし、涙を流さない民族は世界の何処にもいないはずである。アレグロは速いのではない。レントも遅いのではない。計量できる速度ではなく、人間がその都度かかわる時間の経過の痕跡であり、その経過を可能にする「場=エトス」の働きの結果なのである。そこが音楽を聞いて感動する場所でもあるのだ。モーツアルトの歌曲も五木の子守唄も、人間が根源的に希求するその「同じ場所(=エトス)のありか」を音樂なるものを通して探し当ててくれているに違いないのである。浄瑠璃新内の感想「青江三奈の歌にとりとろりと酔い、グルダのピアノをきいて目を回す」(岡本文弥『芸流し人生流し』)などというのも同じような「感動の場」にやって来ている感じがする。」
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このディスカッションが載っている「朝日ジャーナル」(Vol25 No.16)を通して読むと、およそ20年前の日本の世相が、採り上げられているトピックスやコラム、広告の内容などからはっきりと蘇ってくる。やはり雑誌なるが故だろう。雑誌はやはり時代の落とし子なのだ。それにしても現代の週刊誌は興味本位の記事が多くメディアとしてお粗末な感じがする。外国の「週刊新聞」などのような「今」という時代性を、ツイッターやフェイスブック、あるいはLineなどのような個人的で断片的な意見交歓だけでなく、もうすこし綿密に分析して正確に伝えるメディアが日本にもほしい気がする。趣味や関心の領域で区別される、服装や料理、俳句や短歌、将棋や囲碁、サッカーや野球などのスポーツに関するような月刊誌ではなく、社会一般についての記事が載っていて、今日のニュースだけを主な記事にする「日日新聞」ではなく、もう少し時間の幅をもたせ、政治・社会・文化を多様に扱う「週刊新聞」(ドイツの”Die Zeit”のような)のような文字媒体は日本には馴染まないのだろうか。日日新聞の記事はテレビのそれと重なるところが多く、記事が断片的過ぎるような気がする。週刊新聞は、上手に編集し価格を適当に抑えられれば、おそらく多くの中間層にも読まれるようになるのではないかと私は思う。花森安治が始めた『暮しの手帖』という雑誌は、戦後日本の生活空間をあるいは市民の夢を作り伝えることに成功した数少ない雑誌だったと思う。週刊新聞もこれからの日本の行く末を見守って行けるような内容と体裁を整えれば、読者に信頼され得る新たな「記憶に残るメディア」になりうると思う。
週刊新聞に関して多くの人の意見を聞きたいので、ご意見・ご感想の投稿を願いたい。

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